大判例

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東京地方裁判所 昭和29年(レ)12号 判決

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。原決定を取消す。被控訴人の申請を却下する。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項同旨の判決を求めた。

第二、主張

当事者双方の陳述した主張は、左記の外は原判決の事実摘示と同一であるからここに引用する。

(一)  控訴人の主張

被控訴人主張の〇、八四坪の場所は以下に述べるとおり、被控訴人が占有しているものとはいえない。

(1)  被控訴人がパンを販売する場所は、間口十八尺、奥行三十四尺八寸の部屋(第七号室)の表入口の扉の回転する範囲内で同室の一隅にすぎない。ところで右第七号室の内部の構造は、表入口から入ると同室の左寄りに幅十四尺二寸奥行四尺八寸の横に長い中廊下Aがあり、その左端四尺七寸の点から右へ二尺五寸幅の扉があつて、その奥は同室の左側の壁に沿つて縦に長い中廊下Bがある。そして中廊下Bの右側には手前から順次六畳間、及び十畳間が並び、同廊下の左側奥には幅約五尺の出入口があつて、隣室(第八号室)へ通じている。第七号室は右のような構造をもつているので、表入口、中廊下A及びBは、控訴人組合の右娯楽室への出入や第八号室(喫茶室)への物品運搬のために使用されており、被控訴人のみがこの通路にあたるA廊下の一部を事実上支配しているものではない。

(2)  控訴人は第七号室の一部である〇、八四坪の部分を占有しているというが、かかる部分が占有の対象となるとはいえない。占有の対象となるものは独立の一体をなす有体物で、独立の使用価値を有し、権利、就中物権の客体となり、取引の目的となるものでなければならない。

しかしながら、本件の場所は、通路の一部に当り、独立の一体をなしておらず、独立の使用価値も有せず権利の客体ともなりえず一般社会通念上取引の対象ともならないものであつて、占有の対象たりえないものである。

(3)  本件係争部分は外務省の庁舎の一部である。官庁の庁舎は官庁が直接に管理し支配している以上一私人の占有が成立するものではない。官庁の庁舎の一部を職員の組織する組合に使用させる場合は、その使用の許可は官庁管理権の管理作用であつて、その使用者に法律上の使用権を設定し、以て官庁の管理権を排除制限するものではない。そうである以上、控訴人組合が本件場所に対して占有を有しうることはなく、被控訴人もまたこれに対して占有を有することはない。本件係争部分についての被控訴人の使用関係は事実上の関係であつて法律上の占有関係ではない。

(二)  被控訴人の主張

(1)  被控訴人がパン類を販売する場所は、間口十四尺一寸五分、奥行四尺八寸の区劃された場所(控訴人の所謂中廊下A)の左側約半分で、控訴人主張の如く、通路の一部ではない。通行人は、右中廊下Aの残部分を通過して娯楽室や第八号室へ行くものであり、被控訴人がパン類を販売している場所全体が控訴人主張のように通路となるものではない。

(2)  被控訴人のパン類を販売する場所は前述の通り中廊下Aの左側約半分であり、固定した机、棚、台を設置し、その使用範囲が他と区分しうる場所であるから占有の対象となりうるものである。

(3)  本件場所に対する行政官庁の管理関係はともかくとして、被控訴人は控訴人組合からパン類販売のため本件場所を賃借し、その占有を承認されたものであるから、被控訴人が本件場所について占有権を有することは明かである。

第三、疎明

<省略>

三、理  由

(一)  先づ被控訴人主張の〇、八四坪の場所の使用関係について判断する。

成立に争いのない乙第二号証によれば、右部分は原判決添附図面の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の点を結ぶ線内に該当することが明かであるところ、控訴人は右場所は中廊下Aの一部であつて、それはその奥にある娯楽室や喫茶室へ通じる通路として、一般組合員が使用しており、被控訴人のみが、専用しているものではないと主張する。よつて審按するのに、証人野口大二、同大谷秀吉、同桜井秀男、同志村幸之助、同後藤光太郎の各証言並びに被控訴人の本人尋問の結果及び成立に争いのない乙第二号証、これらの証言によつて真正に作成されたと認められる乙第四、六号証を綜合して考えると次の事実が一応認められる。

(1)  本件係争場所を含む第七号室の構造は次の如くである。即ち、同室は、間口六尺一寸、二枚扉が内側に開閉する表入口によつて廊下に面し、廊下より右入口を入ると、同室の左寄りに幅十四尺一寸五分奥行四尺八寸の横に長い区劃された部分(中廊下A)があり、その正面の仕切壁の左端から四尺七寸の点より右へ二尺五寸幅の入口があつて、その奥は左側の壁に沿つて縦に長い廊下様の仕切られた部分(中廊下B)があり、その右側には入口から順次六畳、十畳の部屋が並び、左側の奥には幅約五尺の出入口があつて、そこから喫茶室へ通じている。

(2)  被控訴人はかかる構造をもつ第七号室のうち、中廊下Aの部分において、おそくとも昭和二十六年十月頃から控訴人の承諾の下に、前記図面のA及びBにあたる場所にパン切台、机を置き、その上に棚を設け、午前九時頃から午後四時ないし午後五時までCの場所に食品ケースを置き、その間同所において右設備を利用してパン類の販売をなし、閉店後は右食品ケースを右図面Dの箇所に置いていた。

(3)  第七号室の表入口は朝その扉を開き、夕に閉ぢ、その間常に開かれており人は自由に出入できる状態にある。そして同室の前記構造上、同室の表入口から入つて同室の奥にある娯楽室や喫茶室へ行く者は中廊下Aの一部を通つて、その奥へ通ずる入口を通らなければならない。しかしこの通路は主として昼間喫茶室に物品を運搬する他はその人通りは比較的少なく、右図面で机Aの下の部分には立入ることなく、机の脇を通つて奥へ通つていた。

右(1) ないし(3) に認定した事実を綜合すると、前記机、パン切台によつて区劃される(ホ)(ヘ)(ニ)(ハ)を結ぶ線内は専ら被控訴人において排他的継続的に使用していたことを認めることができる。これに反して、被控訴人主張のその余の部分は、被控訴人が使用することもあつたであろうが、他の通行人もまた使用していたものと認められる。そして他にこの認定を左右する疎明は何もない。

ところで、被控訴人が右(ホ)(ヘ)(ニ)(ハ)の部分について占有を有するか否かは更に次の争点を検討してみなければならない。即ち占有とは「自己のためにする意思をもつて物を所持すること」によつて成立するものであるが、第一に本件場所が、右の占有の対象たる「物」に該当するか否か、第二に被控訴人において右場所につき所持ありや否やの点である。

(二)  第一の点について、控訴人の主張によれば、およそ占有の対象となる物は、独立の一体をなす有体物で、独立の使用価値を有し、権利の客体となり、取引の目的となるものでなければならないところ本件場所の如きは全く右の要件を欠くから、かかる場所の上に占有は成立しないというのでこの点を検討してみる。

先づ占有の対象たる物が有体物であることは法文上明かである。そしてそれが特定性を有すべきことも当然である。しかしながらいかなる有体物が占有の対象となりうるかは占有制度の目的に遡つて考えなければならない。占有制度の歴史的機能はともかくとして、現代におけるこの制度の目的は、物に対する事実支配の外形、とりわけ物の利用関係の現状を保護するにある。しからば占有として保護される事実支配の対象は、これを利用関係の面においてみれば、社会観念上一ケの独立した使用価値を有するものでなければならないこと所論の通りである。しかしながら占有の対象となりうるためには、右制度の目的からして、この条件を具備すれば足り、控訴人主張のように、占有の客体はすべて物権の客体となりうるものとは限らない。制限物権については論ずるまでもなく、所有権についても同様である。即ち、所有権は物に対する事実上の支配のみならず、より包括的な支配とりわけ物の交換価値に対する排他的独占的支配を内容とするものであるから、その客体たる物は、経済的取引関係において外形的、物質的状態からみて、「一つの物」としての統一性がなければならない。しかしながら、物の事実上の支配によつて成立する占有権の場合は、物に対する事実支配とりわけ利用関係の面のみが問題となるのであるから、所有権の対象におけるような取引関係から要請される物の統一性は必ずしも要求されるものではない。例えば木造家屋の一室の如く、家屋全体の効用からして独立した所有権の客体となしがたいような一ケの物の部分についても、部屋としての利用関係からみれば、なお占有が成立ちうるのである。ところで本件(ホ)(ヘ)(ニ)(ハ)を結ぶ場所が、占有の客体となるか否かを考えるのに、右場所は前記の如く、机、パン切台によつて、区劃された有体物の一部であつて、その使用価値のあること、従来被控訴人がパンの販売をなして来た事実に徴して明かであるから、たとえこの場所が所有権その他の物権の客体とならないとしても、占有の客体となりうるものといわなければならない。

(三)  次に第二の点、被控訴人が本件場所につき所持即ち事実支配を有するかの点が問題となる。即ち、被控訴人が右場所を専ら使用していることは前記(一)において認定したとおりであるが、控訴人の主張によれば、本件場所は行政官庁の庁舎の一部であり、行政官庁が管理占有するものであつて一私人の占有が成立することはないというよつて先づこの点について考えるのに、行政官庁のする所謂公物の管理は公法関係に属し、私法上の占有とは両者各々その法律的面を異にするものであるから、行政官庁の管理権ある公物につき、私人の占有が成立しないものと直ちに断ずることはできない。公物の管理作用は、行政主体に専属する公の権能であつて、公物の存立を維持し、これを公の目的に従つて、できるだけ完全にその本来の目的を達せしめるためにする作用である。従つてこの作用は、その目的からして、単なる物の事実支配にとどまらず、より広範な積極的な作用である。そして、公物の管理権者は、該公物の目的に反しない限り、その管理権の作用として、その一般人のための使用を許可し、公法上ないし私法上の契約によつてそれに対する使用権を設定することもできるのであるこの場合でも公物をできる限り公の目的のために供せしめるという管理権の作用は、消滅するものではなく、使用者はこの制約をうけなければならない。しかしながら右の場合、これを私法の側面から眺めるならば、管理権者とは別箇の現実の使用者が、その物を現実に支配しているものと考えても、少しも矛盾をきたすものではない。即ち公物の使用者は、私法上その物を占有することはできるが、管理権に服する関係においては、管理作用という公法上の関係にたたされるが故に、管理権者に対して占有権という私法上の権利の効果を主張できないのである。しかしながら、私法上の関係において占有が成立しうる以上、管理権者以外の者に対する関係においては、私法上の関係にたたされるが故に、その占有による効果を主張することを妨げるものではない。かように公法上の管理と、私法上の占有は各々その面を異にするものであるから本件の如く、私法上の関係においては、私法上の観点からのみ、占有の有無を判断すれば充分である。そしてかゝる占有を理由づける本権については、それが公法上のものであると私法上のものであるとを問わず、占有の有無とは別箇に考えなければならないこと論をまたない。

そこで更に本件場所に対する被控訴人の占有について考えるのに、控訴人は、「控訴人は右場所を指定してパンの販売を承諾したが、右場所は控訴人において随時指定替のできるもので、被控訴人において独立に使用収益する権限はない」と主張する。成程、物に対する事実上の支配は人の物に対する直接的関係のみならず、人の人に対する支配関係を介して成立しうることも可能である。そして、この場合、他人によつて支配されている者は、他人の補助機関として物を支配し、独立の占有を有しない場合も考えられる。よつて本件についてこの点を考えるのに、被控訴人が、控訴人の承諾を得て本件場所を使用するようになつたことは、両当事者が争わないところであり、証人野口大二、同桜井秀男、同志村幸之助、同後藤光太郎の各証言、被控訴人の本人尋問の結果、及び成立に争いのない甲第一号証を綜合すれば、被控訴人は、外務省の職員でないことは勿論、控訴人組合の一組合員として、組合の事務遂行のために本件場所を使用しているものではない。むしろ、その性格はともかくとして、毎月一定の金員を組合に支払つていることが疏明されるので、このことからすれば、組合とは独立して、被控訴人独自の営業のために、本件場所を使用しているものと認めることができる。そうであるなら、被控訴人は自己のためにする意思をもつて、本件場所を事実上支配しているものというに何の妨げもない。よつて前記(ホ)(ヘ)(ニ)(ハ)の点を結ぶ場所につき、被控訴人の占有を認め、その限りにおいて原決定を認可し、その余の部分について被控訴人の占有を否定して、その申請を却下した原判決は正当であつて、控訴人の主張はいずれも失当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の点については、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 柳川真佐夫 入江一郎 野田愛子)

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